平智之のプロフィール

生まれてから大学入学まで

◉1959年7月10日生まれ 京都中京区生まれ
京大助教授であった父と「江戸っ子」の母との間に生まれる。
そのため、京都弁と標準語の「バイリンガル」として育ちました。
兄と妹に挟まれる“かに座B型”の典型的次男タイプ。
松ヶ崎小学校の時は、京都踏水会に通い水泳少年でした。
小学6年の時は生徒会長をしました。
下鴨中学校ではハンドボール部に所属。サイド専門で運動一筋でした。
◉1975年4月 洛南高校に入学
洛南高校では福井孝巳学級、東寺に近接する睦寮で高校生活を過ごします。
戒律の日々のなか、毎月21日の弘法市の出店に行くのが、最大の楽しみでした。
◉1978年3月 洛南高校を卒業 
京大を目指すも入試に失敗し、一年間近畿予備校にて浪人生活を過ごします。
当時テレビゲームが大ブームとなり、ゲーム機のある喫茶店に通う日々・・・
しかしそんな怠惰な浪人中に父が急逝してしまいました。

エンジニアを目指した学生時代

◉1979年4月 京都大学工学部 物理工学科に入学
父が亡くなったことがきっかけで、必死に勉強し京大工学部 物理工学科に入学することができました。
父の仕事が知りたくて生前父が教授をしていた研究室に入り、
高温材料強度学の権威である大谷隆一教授に材料学を教わりました。

課外では、京大カヌー部に所属(2回生の時、関西学生選手権ペア10,000メートル準優勝)。
冬はカヌーができないので、テニス同好会アトランティスも結成。
また、学生ボランティア集団である関西学生クリエートをつくり、初代代表になりました。
(ちなみに山井和則衆議院議員は関西学生クリエート2代目代表です)
◉1983年3月 京都大学工学部 物理工学科を卒業
◉1983年4月 同大学院に進学
修士1年のときに金属ではなくファインセラミクスに関心を持ち米国留学を決意しました。◉1983年9月 米国UCLA大学院に入学
UCLAで念願のファインセラミクスの研究にまい進しました。
米国でも工学の勉強だけではなく社会活動をやりたいと、州法に基づく文化交流のNPOを結成。
その活動で当時高校生の北神けいろう衆議院議員に出会いました。
◉1986年9月 米国UCLA大学院材料工学科を修了

マスメディア時代

◉1986年10月 帰国
帰国し、突然の転身。母親がはじめた北山通りの喫茶店“DEBO”のマスターになりました。
アメリカで大好きだったガンビー人形(180cm)を店頭に置いたらDEBO大繁盛!
しかし、私を慕ってくれる高校生が留学時代の話が聞きたいと朝からたむろするので徐々に利益が減り・・・笑
喫茶店を救うためKBS京都に企画書を持参しそれが採用されラジオのサブのパーソナリティになることになりました。
◉1987年4月 フリーキャンパスKYOTO(KBS京都ラジオ)に出演
“輝きながら”で大ヒット直前の徳永英明氏がメインパーソナリティ(毎週金曜日22-25時)で、私は芸名ガンビータイラとして登場。
留学の方法を教える“留学大作戦いろはにほへ”というコーナーを担当。
当時の小中高生には“ガンビーさん”で親しまれました。
◉1988年4月 ミュージックステーション(KBS京都ラジオ)に出演
ラジオの世界が面白くなりました。
メインパーソナリティー平智之としての初番組ミュージックステーションを担当しました。
◉1989年4月 シネマギャラリー(KBS京都ラジオ)に出演
映画の専門番組(毎週金曜日24-25時)でもメインパーソナリティーをしました。その後、OBCラジオ大阪やABC朝日放送のラジオ番組を経て
◉1992年 モーレツ科学教室に出演
そして、越前屋俵太氏(現 書家の俵越山氏)とのコンビで、テレビにも出演するようになりました。
主に科学番組ですが、出演だけでなく企画制作にも関わりました。

【主な出演番組】
<テレビ>
キューティクルハニー(サンテレビ)
知ってどうするの?(テレビ東京)
GLOBAL HEAD LINE(関西テレビ)

<ラジオ>
ミュージックステーション (KBS京都ラジオ)
ABCラジオパラダイス(ABCラジオ)
真夜中のトレーニングパンツ(ABCラジオ)

シンクタンク時代

タレント活動と並行して自分で会社を起業しました。
それはやがて諸分野に関する政策立案・政策提言を主たる業務とする
シンクタンク(Think tank)になりました。

1989年 広報誌の企画として、元京都市助役の内田俊一さん発案の「二条城プラッツ構想」を企画し、
堀川に清流を戻す計画を提唱しました。二条城プラッツ構想は、地元の多くの方々の理解と協力により、
15年の時を経て「堀川水辺環境整備事業」として結実しています。
1990年には、東京に会社を移します。

これまでに関わった行政関係の委員会委員のいくつかを抜粋します
●「かわと水に関する情報検討委員会」委員
●「ITを活用した民間建設工事発注者支援システム研究会」委員
●「CM方式に対応した施工体制のあり方研究会」委員
●「取引慣行是正委員会」委員
●国土交通省 国土交通大学校 講師

◉2008年〜2010年 東洋大学理工学部 非常勤講師
◉2010年より 同志社大学理工学部 嘱託講師
大学でアントレプレナーシップやマーケティングやの講義を担当
◉2009年4月 第45回衆議院議員総選挙 初当選
シンクタンクでの政策をつくりたいと真剣に思うようになりました。
衆議院議員総選挙・京都府第1区より出馬。105,818票を獲得し、初当選。

現職

◉ 衆議院議員(京都1区)
◉ 経済産業委員会 委員
◉ 科学技術イノベーション推進特別委員会 委員
◉ 同志社大学 理工学部 嘱託講師
◉ 原発事故収束プロジェクトチーム事務局次長
◉ 決算行政監視委員会小委員会で原子力政策担当
◉ Bチーム座長
◉ 蓄電振興議員連盟 事務局長

ページの先頭に戻る